ネット詐欺の被害回復が難しい具体的な理由(弁護士による二次被害?)

弁護士会の法律相談所で当番をしていると、ネット詐欺の被害回復について相談を受けることがある。

いや、近ごろネット詐欺の相談が増えてきているという実感である。

たとえば、①いきなりLINEの投資グループに招待された、②脱退せずそのままやり取りした、③有利な運用だと誘われ少額を送金した、④短期間に利益が返ってきた、⑤すっかり信用して大金を送金した、⑥いきなり音信不通になった、⑦詐欺の被害に遭ったように思う、騙し取られたお金を回収して貰えないか・・・といった相談である。

そんな相談を受けた場合、「残念ながら回収は限りなく不可能に近い。弁護士に頼んでも厳しい状況がマシになるものではない」と率直に伝えることにしている。

一般の方は、弁護士に依頼すれば回収できると思っていることが多いが、実際はそうではない。

弁護士は警察と違って強制的な捜査権限を持っておらず、丸裸に近い。

以下、被害の回収が難しい理由を具体的に説明する。

 

 

まず一般論として、詐欺師に騙し取られた金を取り戻すためには、次の措置を講じることが必要である。

① 詐欺師に損害賠償請求訴訟を提起する前に、詐欺師の正確な氏名と住所を突き止める必要がある。

⇒ 訴訟を有効に成立させるには、詐欺師に訴状を送って応訴の機会を与える必要がある。訴状を送るには、詐欺師の氏名と住所を正確に把握しなければならない。

② 訴訟提起の前、被害者の手で、詐欺師が所有している差押え可能な財産を見つける必要がある。

⇒ いきなり訴訟を提起すると、敗訴に備えて詐欺師は財産隠しをするだろう。それを防止するため、詐欺師の財産に対して先に仮差押えという手続を行う必要がある。

③ 訴訟の場で、被告であると名指した相手が金を騙し取った本物の詐欺師であることを証拠によって証明しなければならない。

⇒ 詐欺についての立証責任は被害者である原告側にあり、その立証が不十分であるときは、実際に被害者であっても原告が敗訴してしまう。

④ 勝訴判決を得たあと、詐欺師が任意に被害を弁償しないとき、強制執行という別の手続を行って詐欺師が持つ財産から強制的に被害の回復を図る。

⇒ 差押え可能な財産は、誰かが無料で探してくれることはなく、被害者である原告が自分の手で見つけなければならない(非常に難しい)。

⇒ 運良く見つけたとしても、訴訟とは別の手続である強制執行という新たな手続を進めなければならない(被害者多数だと按分されてしまう)。

 

 

以上を前提に、ネット詐欺の被害に遭ったときの話題に戻そう。

第一の難関は、詐欺師の正確な氏名と住所を割出すことの難しさである。

何しろ詐欺師はネットの世界に隠れていて、顔を見せず、素性も明かさず、おそらく幾重にも見つからないように防護措置を講じている筈である。

顔を合わせている詐欺師から被害を回復することは難しいというのに、顔の見えない詐欺師から被害を回復することはさらに難しい。

第二の難関は、LINEグループの関係者と詐欺師との同一性を証明することの難しさである。

サイバー技術を駆使してLINEグループや詐欺サイトの開設者などを突き止めたとしても、その者が当の詐欺師と同一人物であることを証明するのは難しい。

第三の難関は、詐欺師の一連の対応が違法な詐欺行為であることを証明することの難しさである。

仮に詐欺師を割り出して訴訟を提起することができたとして、「被告は詐欺を働いた」と漠然と主張するだけでは相手にされない。

いつ、いかなる手口を用い、どこに送金させ、それが詐欺の要件を満たすことなどを、被害者の側が証拠をもって証明しなければならない。

ちなみに、ネット上でのやり取りはボンヤリとしたものが多いうえ、比較的短時間のうちに自動的に消去されてしまうといった難点もある。

第四の関門は、詐欺師が騙し取った金の隠し場所や、詐欺師の固有の財産を見つけることの難しさである。

大胆に詐欺をするような人物が、みすみす被害者に見える形で騙し取った金や自分の財産を置いておく筈がない。

詐欺師の財産を見つけ出せないときは、仮に勝訴判決を手にしたとしても絵に描いた餅であり、次の強制執行に踏み切ることはできない。

 

 

このように順序立てて見てみると、ネット詐欺における被害の回復がいかに難しいことであるかを容易に理解していただける筈である。

もちろん弁護士は、警察のように、強力な捜査権限を持っていない。

そのため、詐欺師の氏名や住所を知ることも、詐欺師が騙し取った金のありかや詐欺師の財産の所在を突き止めることもまずできない。

つまり、被害に遭ってしまったら回収はほぼ無理・・・、そう思っておくべきである。

大切なことは、名前も住所も知らず、会って顔を見たこともない相手に迂闊に金を送ってはいけないということ。

ネット詐欺の被害にあったとき回復は限りなく不可能に近いので、最初から詐欺の被害に遭わないようにする・・・それに尽きる。

 

 

なお、残念なことに、「弁護士による二次被害」としか思えないような話もチラホラと耳に入ってくる。

たとえば、ネット詐欺の被害を確信した被害者がネット広告を見て、藁にもすがる思いで弁護士事務所に電話をした。

応対した弁護士は話を聴いたのち、「うちで受任しますよ。着手金は一律●●●万円です」と被害者に伝える(注:●●●は3ケタ。被害額の1/4程度)。

被害の回復が不可能に近い類型であることを告げず、受任しても回収できそうもないことが見えている筈である。

にもかかわらず、詐欺の被害を受けている者から、回収に向けた法的対応を伝えて3ケタもの着手金を請求するという姿勢。

詐欺に便乗した弁護士による加害行為・・・、そんなふうに見えてならない。

「noblesse  obliger」 = 「地位や権力を持つ者は 社会に対して応分の責任を負わなければならない」

どこに行ってしまったのだろう?

 

 

西武新宿線航空公園駅の近く(防衛医科大学病院前)にある美しいケヤキ並木。

先週までは夏の気温であったが、いきなり秋を通り越し、初冬の気温になってしまった。

待っていたかのように、ケヤキたちが大量の葉を落とし始めている。